3年前の僕ならば

記事を見返していたら3年前だった。
笑顔の仲間たちでいっぱいだったバンドワゴンが
徐々にすかすかになっていくイメージで、頭がいっぱいだった頃。

割と遠いことのように思っていたそんなイメージが
ここ最近ほんとうになることが多くて寂しい。
別に誰かの人生が終わるわけじゃないんだが、
やはり、それなりに長続きしていたものの終わりを見届けるときには
途方に暮れそうな寂寥感がある。

ところが、
「3年前の僕ならば」閉塞感で完全に閉じてしまったのかもしれないけど
ここ最近は、どこか穏やかな気持ちで終わりの数々を見守っている。
「半人前の僕だけど」たぶんもう泣く事はないんだろう。

理由はいろいろありそうなんだけど、それらについて書くのはやめた。
あまり生産的な理由ではない気がする。


無理はいらない。
またいつか、心の底から溢れ出る日まで、待つばかりなんだ。
ほんとうの事はそこにしかないんだから。