スーパーマン・リターンズは悪くはなかったんだけど。

ブランドン・ラウスのスーパーマンはガチだと思った。

SFX映画としての見所は序盤の飛行機シーンだけ。この出来栄えだけが激しく良い!
飛行機シーン最後のスーパーマンのセリフなんて最高!
見所としてはもうひとヤマあってほしかったけど、消化不良のまま終了。
悪くはないんだけどねえ。
「マトリックス」を見たときに感じた、次回作への伏線ばっかりで消化不良な気分と同じような感じ。
ああ、これはもしやあと2作くらい作るってことか。

一般的な日常社会の中でのスーパーヒーロー像、というのがテーマ。
スーパーヒーローはその強大な力ゆえに孤独で、ごくたまにくじけてしまうのだけど、
それを弱い人間たちが支えてやって、みんなで正しい道へと向かっていく、という。

絶対的唯一が矯正するんじゃなくて、あくまで良識ある小市民が自意識でもって、というのは
別に目新しいものではなくて、最近で言えば「スパイダーマン2」が
それをすごくうまく表現できてて好印象だった。
でもこの映画では、その試みが若干失敗してたかも。
「強いスーパーマン」「弱いスーパーマン」の対比が控えめだったからかもね。

スーパーマンなんだからもっとむちゃくちゃでいいんだ!

近頃こういう表現をアメリカ映画でよく見かけるってことは、
明らかにアメリカ人の意識がなにかまた別のフェーズを迎えようとしているんだろうなあ。


スーパーマンには昔から強い思い入れがあって、
それは僕が生まれた年に東南アジア地域での公開が始まったからなのかもしれない。
僕が生まれたのは台湾なんだけど、あちらの表記ではスーパーマンは「超人」となるため
当時僕の父親は、僕の名前を冗談で「超人」と名づけようとしたらしい。

僕の成長とともにあり続けてきたスーパーマン、
クリストファー・リーブのスーパーマンはとっくに死んでしまったのだから、
あえて帰還したスーパーマンにはもっと特別であってほしかったんだが。
ちょっと往年のファンへのサービスが過ぎたような気がする感じだった。
クリプトナイトはもういいよ!