町のパン屋さん

戸田は下北沢北口の一番街のあたり、ライブハウスで言えばgarageのあたりに住んでいるのですが、
南口ほどににぎやかではなくどこの店も落ち着いていて、戸田はすごく好きです。
自分だけの場所にしやすい、人の少ない店が多いです。

あえて悪く言っちゃうと、それほど流行っているわけじゃないのね。
おじいちゃんおばあちゃんがやっているような、今につぶれるんじゃないかって店、
もしくはそのおじいちゃんおばあちゃんが今にポックリいっちゃうんじゃないかって店が多いです。

そんなお店のひとつに、大英堂というパン屋さんがありました。
おじいちゃん手作りのパンがいつも店先に並んでいたのだけれど、
昨年になって店が開いているところをあまり見かけなくなって、

やがて閉じた店先に「ご自由にお持ちください」と、古い文庫本やレコードが
ちんまりと置かれるようになったのです。

ああ、ポックリいっちゃったのかな。


そして下北沢という街によくある光景として、
こういうずっと腕ひとつで続いてきた店をがっつり改装して、若者向けの外観になって、
前の店の雰囲気がまったくなくなってしまう、という寂しい事象があるのですが。

大英堂も御多分にもれず、やがて工事が始まり、
あとに小綺麗なパン屋さんができました。
戸田は狭量ながら、その光景をすごく苦々しく見ていたんです。
ああ、またひとつ、続いてきたものが消えてしまった。

でも、僕は間違っていたのです。


しばらくしてそのパン屋に入ったとき、僕がずっと尋ねたかったことを
別のお客さんが、店主の若いお兄さんに尋ねていました。
「前にパン屋があったと思うんですけど、どうされたんですか。」

店主は答えました。
「前のオーナーが亡くなってしまった後、アルバイトしていた僕が継いだんです。
 当時のメニューも引き継いで作ってます。パン焼き窯も前の店のものを使っているんです。」

僕は急に、他愛もないことでつっぱっていた自分が恥ずかしくなりました。
彼は、続いてきたものを、続かせようとしていたんだ。


それから僕は、その町のパン屋さんのファンになりました。
店主のお兄さんはとても気さくな方で、作るパンも人柄のにじみ出た優しい味です。
甘コッペっていう、具も何もないただのパンでもほんとにおいしい!


下北沢のmixtureというお店です。
garageなどにお立ち寄りの方は、ライブ前後にでもぜひ行ってみてください。